ザ・シネマティック・オーケストラ、待望の来日公演。それは壮大で、豊潤で、最上の音楽体験だった。
4月19日、昭和女子大学・人見記念講堂。2000人キャパのこのホールが早々に完売したことは、ファンの期待値の高さをうかがわせた。すでに20年のキャリアを持つシネマティックだが、これがやっと4回目の来日。しかも単独公演としては11年ぶりという、まさに待ちに待ったライヴである。前夜の大阪ともども、今回の2公演はいずれもホールでの開催となった。
そして、時に19時24分。会場の露払いを務めるかのようなアンビエント・サウンドを聴かせた原摩利彦ののちに登場したシネマティック・オーケストラは、圧巻のステージを展開したのである。
幕開けは、最新作『To Believe』の中でも重要曲といえる「Lessons」。舞台の右手に立つジェイソン・スウィンスコーが率いるメンバーたちの演奏は、微細で、また美しい音色を揺らしながら進むが、ビートはじつに骨太。とくにドラマーのルーク・フラワーズが叩き出すダイナミックな律動は強靭だ。いきなりの長尺曲だが、この1曲でその場のすべてが何かの大きなストーリーの中に引きこまれたかのような感覚に包まれた。バンドはこの春からヨーロッパでステージを重ねてきているだけに、見事に練り上げられている。
セットリストは新作をメインにしながら、過去のアルバムからもまんべんなくチョイスされており、それだけに彼らのここまでの歩みの集大成的な感もあった。イントロで客席から大きな拍手が起こったのは「Man with the Movie Camera」(2002年の『Every Day』収録)。ロシアの無声映画『カメラを持った男』のために作られた楽曲で、トム・チャントが吹くサックスが印象深い。これも長い曲で、中盤からはセッション的な熱気が加わっていった。そしてジェイソンは曲が終わるたびに「サンキュー、トキオ!」と謝辞を述べる。
また、曲によってはシンガーが起用され、それがステージに豊かな色味を添えていく。バラードの「Wait for Now / Leave the world」で唄ったタウィアは声の響きそのものに深い叙情性が宿っている。これも新作からの「Zero One / This Fantasy」では、ギターを弾くラリー・ブラウンが歌唱。その声とエレクトロニクス、それにジャジーなアンサンブルとが穏やかに、しかし熱く絡まる。
そういえば舞台を見たところ、このラリーの赤い上着以外はどのミュージシャンの衣装も黒系統に近いシックなものだったことも心に残った。照明の色合いや動き、セットの電飾も、華美や派手になる以前でとどめられている。そうした事実は、ライヴでの演出や視覚効果も、すべてがサウンドを引き立てるために存在していることを示しているかのようだった。
ジェイソンはカレッジでファイン・アートを学んだ人で、このグループ自体も映画や映像に関係した作品が多い。アートワークやMVも優れたセンスを感じさせるものばかりだ。しかし最新作のジャケット周りのデザインもそうだが、シンプルにすべき部分は、徹底的にそうした姿勢を貫いている。それはもう、すがすがしさを感じるほどに。
そのサウンド自体はじつにエネルギー量が高く、精緻な作りのスタジオ作品と対を成している。これは『To Believe』の制作スタイルもそうだが、音源にライヴの生演奏を取り込んだり、そこにPCを介して制作した音色を混ぜ込んだりと、現在のシネマティックの音作りは非常にクリエイティヴだ。理想の音像の実現のためには手段など問わない、と言わんばかりに。そこにジェイソンという才能の高い知性と大胆な創作方針が垣間見える。だから……そう、ライヴの場は、彼らの豪胆さや生々しさを堪能できる、究極の空間ということになる。
またしてもドラミングがインパクト大の「Flite」、トムが大活躍の「Tom Sax Loop」、傑作『Ma Fleur』からの「Familiar Ground」と、ライヴはさらに熱気を高めていく。時に豪快に、時に繊細に。そうして歌声、生楽器、電子音が有機的に紡がれていく光景は、彼らの場合よく言われることだが、やはり映像的だ。そして全体の流れを誘導するジェイソンの動きはコンダクターのようで、それはフリー・ジャズの香りを感じさせるものでもある。もっとも彼自身はシネマティックの音楽がジャズとともに語られることにあまりいい感情を持っていないようで……ジャズは起点のひとつだった、ということなのだろうか。なにしろ今このグループは、まったくオリジナルな音の空間を作り出しているのだから。
本編ラストはハイディ・ヴォーゲルが唄う「A Promise」。憂いに満ちたソウルフルな声が会場に放たれ、広い空間に広がっていく。<ひとつの約束>というこの歌が綴るブルーな感情は、あまりに人間くさい。僕が思うシネマティックの音楽の最大の魅力はこうしたリリシズムであり、ヒューマンな感触だ。きっとそれはジェイソンというアーティストの内面の何かが表現したがっていることなのだろう。このツアーではまだ演奏されていないようだが、なにしろ「信じること」というタイトルの曲をアルバム名に掲げているくらいなのだ。
しかしその人間味は、この場で過剰にあふれ出るようなこともなく、ぴたりと測ったように音像の中にフレーミングされている。そして思う。シネマティックの音は、それゆえに普遍的なのだと。今夜はそうしたジェイソンの美学も感じることができたコンサートだった。
アンコールでは観客がスタンディング状態となる中、『Every Day』収録の「All That You Give」がプレイされた。ジェイソンは終演にあたり「サンキュー、トキオ! シーユースーン!」と叫んだ。近い将来、この素晴らしい空間に再会できる日が来ることを祈りたい。
そしてやがてリリースされるはずのもう1枚の新作の発表も心待ちにしている。もはやファンは、首を長くして待つのは慣れっこだ。シネマティック流の姿勢を徹底的に貫いて、作り上げてほしいと思う。
Text by 青木優
総立ちのスタンディングオーベーションで終えたホール公演。ツアーで披露されたセットリストをまとめたSpotifyプレイリスト公開中。
https://spoti.fi/2KUjVRy
また、会場で販売され、完売となっていたオフィシャルTシャツが、オンラインにて期間限定で再販決定。予約受付は5月7日 (火) 24時までとなっている。発送は5月末より順次行われる予定。なお、同じく完売となっていた2WAYトートバッグは、代官山蔦屋書店とBeams Recordsで購入可能。
4月19日、昭和女子大学・人見記念講堂。2000人キャパのこのホールが早々に完売したことは、ファンの期待値の高さをうかがわせた。すでに20年のキャリアを持つシネマティックだが、これがやっと4回目の来日。しかも単独公演としては11年ぶりという、まさに待ちに待ったライヴである。前夜の大阪ともども、今回の2公演はいずれもホールでの開催となった。
そして、時に19時24分。会場の露払いを務めるかのようなアンビエント・サウンドを聴かせた原摩利彦ののちに登場したシネマティック・オーケストラは、圧巻のステージを展開したのである。
幕開けは、最新作『To Believe』の中でも重要曲といえる「Lessons」。舞台の右手に立つジェイソン・スウィンスコーが率いるメンバーたちの演奏は、微細で、また美しい音色を揺らしながら進むが、ビートはじつに骨太。とくにドラマーのルーク・フラワーズが叩き出すダイナミックな律動は強靭だ。いきなりの長尺曲だが、この1曲でその場のすべてが何かの大きなストーリーの中に引きこまれたかのような感覚に包まれた。バンドはこの春からヨーロッパでステージを重ねてきているだけに、見事に練り上げられている。
セットリストは新作をメインにしながら、過去のアルバムからもまんべんなくチョイスされており、それだけに彼らのここまでの歩みの集大成的な感もあった。イントロで客席から大きな拍手が起こったのは「Man with the Movie Camera」(2002年の『Every Day』収録)。ロシアの無声映画『カメラを持った男』のために作られた楽曲で、トム・チャントが吹くサックスが印象深い。これも長い曲で、中盤からはセッション的な熱気が加わっていった。そしてジェイソンは曲が終わるたびに「サンキュー、トキオ!」と謝辞を述べる。
また、曲によってはシンガーが起用され、それがステージに豊かな色味を添えていく。バラードの「Wait for Now / Leave the world」で唄ったタウィアは声の響きそのものに深い叙情性が宿っている。これも新作からの「Zero One / This Fantasy」では、ギターを弾くラリー・ブラウンが歌唱。その声とエレクトロニクス、それにジャジーなアンサンブルとが穏やかに、しかし熱く絡まる。
そういえば舞台を見たところ、このラリーの赤い上着以外はどのミュージシャンの衣装も黒系統に近いシックなものだったことも心に残った。照明の色合いや動き、セットの電飾も、華美や派手になる以前でとどめられている。そうした事実は、ライヴでの演出や視覚効果も、すべてがサウンドを引き立てるために存在していることを示しているかのようだった。
ジェイソンはカレッジでファイン・アートを学んだ人で、このグループ自体も映画や映像に関係した作品が多い。アートワークやMVも優れたセンスを感じさせるものばかりだ。しかし最新作のジャケット周りのデザインもそうだが、シンプルにすべき部分は、徹底的にそうした姿勢を貫いている。それはもう、すがすがしさを感じるほどに。
そのサウンド自体はじつにエネルギー量が高く、精緻な作りのスタジオ作品と対を成している。これは『To Believe』の制作スタイルもそうだが、音源にライヴの生演奏を取り込んだり、そこにPCを介して制作した音色を混ぜ込んだりと、現在のシネマティックの音作りは非常にクリエイティヴだ。理想の音像の実現のためには手段など問わない、と言わんばかりに。そこにジェイソンという才能の高い知性と大胆な創作方針が垣間見える。だから……そう、ライヴの場は、彼らの豪胆さや生々しさを堪能できる、究極の空間ということになる。
またしてもドラミングがインパクト大の「Flite」、トムが大活躍の「Tom Sax Loop」、傑作『Ma Fleur』からの「Familiar Ground」と、ライヴはさらに熱気を高めていく。時に豪快に、時に繊細に。そうして歌声、生楽器、電子音が有機的に紡がれていく光景は、彼らの場合よく言われることだが、やはり映像的だ。そして全体の流れを誘導するジェイソンの動きはコンダクターのようで、それはフリー・ジャズの香りを感じさせるものでもある。もっとも彼自身はシネマティックの音楽がジャズとともに語られることにあまりいい感情を持っていないようで……ジャズは起点のひとつだった、ということなのだろうか。なにしろ今このグループは、まったくオリジナルな音の空間を作り出しているのだから。
本編ラストはハイディ・ヴォーゲルが唄う「A Promise」。憂いに満ちたソウルフルな声が会場に放たれ、広い空間に広がっていく。<ひとつの約束>というこの歌が綴るブルーな感情は、あまりに人間くさい。僕が思うシネマティックの音楽の最大の魅力はこうしたリリシズムであり、ヒューマンな感触だ。きっとそれはジェイソンというアーティストの内面の何かが表現したがっていることなのだろう。このツアーではまだ演奏されていないようだが、なにしろ「信じること」というタイトルの曲をアルバム名に掲げているくらいなのだ。
しかしその人間味は、この場で過剰にあふれ出るようなこともなく、ぴたりと測ったように音像の中にフレーミングされている。そして思う。シネマティックの音は、それゆえに普遍的なのだと。今夜はそうしたジェイソンの美学も感じることができたコンサートだった。
アンコールでは観客がスタンディング状態となる中、『Every Day』収録の「All That You Give」がプレイされた。ジェイソンは終演にあたり「サンキュー、トキオ! シーユースーン!」と叫んだ。近い将来、この素晴らしい空間に再会できる日が来ることを祈りたい。
そしてやがてリリースされるはずのもう1枚の新作の発表も心待ちにしている。もはやファンは、首を長くして待つのは慣れっこだ。シネマティック流の姿勢を徹底的に貫いて、作り上げてほしいと思う。
Text by 青木優
総立ちのスタンディングオーベーションで終えたホール公演。ツアーで披露されたセットリストをまとめたSpotifyプレイリスト公開中。
https://spoti.fi/2KUjVRy
また、会場で販売され、完売となっていたオフィシャルTシャツが、オンラインにて期間限定で再販決定。予約受付は5月7日 (火) 24時までとなっている。発送は5月末より順次行われる予定。なお、同じく完売となっていた2WAYトートバッグは、代官山蔦屋書店とBeams Recordsで購入可能。