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NALA SINEPHRO / 現代ジャズの境界を押し広げるナラ・シネフロ 初来日公演となったライブレポートが到着!

2024.11.26

NALA SINEPHRO / 現代ジャズの境界を押し広げるナラ・シネフロ 初来日公演となったライブレポートが到着!

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NALA SINEPHRO / 現代ジャズの境界を押し広げるナラ・シネフロ 初来日公演となったライブレポートが到着!

Photo by Yukitaka Amemiya

2021年に〈WARP〉からリリースした『Space 1.8』で高い評価を受けたナラ・シネフロが2024年に2作目となる『Endlessness』を発表した。

『Space 1.8』では曲に「Space 1」「Space 2」「Space 3」と名付け、それぞれを異なる空間に見立てた。一方、『Endlessness』では最初にテーマを《輪廻》に定め、そのコンセプトに従って製作を進め、全ての曲を「continuum」=連続体と名付け、そこに順番に数字を振った。前作は“結果的に”生まれたものの集積だったが、新作はあらかじめ計画されたコンセプチュアルなアルバムであり、そこには統一感があった。

今回の待望の初来日公演はそんな2作目がリリースされた後のものだった。来日のバンドメンバーは『Endlessness』に参加しているUKのミュージシャンたちだ。

マーキュリー・プライズを獲得し、今やUKを代表するジャズ・グループになったエズラ・コレクティヴのサックス奏者ジェームス・ モリソン。サンズ・オブ・ケメットやアシュリー・ヘンリーに貢献するだけでなく、エレクトロニックなサウンドと即興演奏を組み合わせたトリオ、トリップ・ティック・トリオ(Tryp Tych Tryo)のドラマーのエディー・ヒックスことナシェット・ワキリ。前作『Space 1.8』ではウォンキー・ロジックという名義で参加していたシンセ・ベーシストで、ブロークンビーツのレジェンドのIGカルチャーの生演奏プロジェクトを支える鍵盤奏者ドウェイン・キルヴィントン。そこにハープとモジュラーシンセを駆使するナラ・シネフロが加わった4人が今回のメンバーだ。

ナラ・シネフロの音楽の特徴はUKのさまざまなミュージシャンの演奏を録音し、それを巧みに組み合わせ、ミックスまでをも自身で行うこと。自身の演奏だけでも何層にも折り重ね、それを細かく調整しながら空間に配置していき、独特の世界観を作り上げること。つまり、ライブ・ミュージシャンというよりはプロデューサー志向のアーティストで、実際にこれまでに彼女のライブ動画はネット上にほとんど存在しなかったし、世界中で大絶賛された『Space 1.8』の後にもツアーなどを行わなかった。彼女のライブ・パフォーマンスがどんなものなのかはずっと謎に包まれていた。それが『Endlessness』後にはわずかにライブは行うようにはなり、ようやくナラ・シネフロの音楽をライブで体験できる状況が生まれ始めていた。今回の来日はそんな状況下で行われた世界的にも貴重な公演だった。

ナラは大きなハープとテーブルの上に並べたモジュラー・シンセとシンセを奏でた。ほとんどの時間はモジュラー・シンセを触っていたが、ハープで即興を行うこともあった。モジュラー・シンセから出力した複数の反復するフレーズが常時流れていて、そのフレーズは刻々と変化していく。というところまではアルバムと同じなのだが、誰もが驚いたのが、その音量と重低音。重低音を含むモジュラー・シンセのサウンドが会場のめぐろパーシモンホールの高い天井の空間に充満していく。アルバムではどちらかというと心が鎮まるようなサウンドだったこともあり、アンビエントという言葉で表現されることもあったが、それとは対極にあるような聴き手を聴覚だけでなく、触覚的にも常に刺激していくパワフルなものだった。そこにもうひとりの鍵盤奏者ドウェイン・キルヴィントンのシンセが更にレイヤーを加えることもあれば、鍵盤でベースラインを奏でることにより、グルーヴを加えることもある。それは事前に決められたものではなく、全て即興で行われていたのも印象的だった。おそらく形式としては2曲。切れ目のない即興演奏の中で個々のメンバーはその場その場でナラが奏でる音に合わせながら自身の選択をし、その場にふさわしい演奏を加えていく。途中で何度か『Space 1.8』や『Endlessness』で耳にしたフレーズが聴こえることもあったが、すぐに別のフレーズへと変わっていく。アルバムで聴こえたプロデューサー資質の構築性とは全く違うパフォーマンスだったが、おそらくこういった即興の中で生まれた演奏を編集して再構築したのが、アルバムで、我々はその創作のプロセスの一部を覗き見たような感じだったのかもしれない。

演奏面で個人的に興味深かったのは二点。ひとつはナラ・シネフロのモジュラー・シンセとシンセのサウンドが自由自在だったこと。大音量と重低音を会場に充満させ、幻想的かつサイケデリックな世界を演出したかと思えば、音で埋め尽くしたところから一気に音を減らしていき、その後ろでひそやかに鳴っていた小音のフレーズを印象的に聴かせたりと、モジュラー・シンセのポテンシャルを最大限に引き出しながら、それを魅力的に届けるための効果的な展開を駆使していた。かと思えば、シンセの音の波がうねりながらホールに響き、まるで音の運動が“見える”ようなマジカルな瞬間もあった。クラシック音楽にも使われる天井の高いホールならではの空間と響きだからこそ生み出せる音が鳴らされていることがこの日のライブの重要なポイントだったことは何度も感じられた。

もうひとつは二人のシンセと対照的に終始アコースティックだったサックスのジェームス・ モリソンと、ドラムのナシェット・ワキリ。ふたりとも『Endlessness』で聴かれたような小さな音を効果的に使うだけでなく、アコースティックだからこその音色をシンセの音に対するアクセントのようにも使い、音楽にメリハリや奥行きを与えていた。特にナシェット・ワキリはシンバルとスネアの乾いた音を中心に、時にはバスドラムの音さえもソリッドに鳴らすことで、二人のシンセの分厚さややわらかさを際立たせていた。『Endlessness』でも聴いていた繊細さや音楽に寄り添うようなドラミングの巧みさを感じられたことは大きな収穫だった。

ちなみにふたりは2時間にも及ぶ長尺の即興セッションの中でナラの音楽に寄り添いながら、自身が持っているものを出した結果、ジャズの側面がかなり強く浮き出ていたのは面白かった。ナシェット・ワキリは多くの時間でスティックをレギュラーグリップで握っていた。モダンジャズで使われる握り方でスティックを持ち、シンバルとスネアを中心に叩き、リズム的にもスウィングしていた。力強くグルーヴするというよりは、音量をコントロールしながら、クリスピーな音色で、メロディアスにも感じさせるリズムパターン=フレーズを軽やかに鳴らしながら、そこに繊細かつ慎重に即興による変化を取り入れるためにはトラディショナルなジャズのドラミングのスタイルが最適だったのだろう。そんな演奏をもたらせるナシェット・ワキリの存在は今回の鍵だったと思う。そして、その演奏が最も機能するのがめぐろパーシモンホールのようなコンサートホールだったとも思う。ナラ・シネフロはそこまで計算していたのだろうと僕は思った。

またジェームス・モリソンのサックスも面白かった。エズラ・コレクティヴでのリズミカルかつパワフルな演奏で知られる彼が、70年代のファラオ・サンダースを思わせるようなロングトーンやサブトーンを使った弱音の演奏をしていたギャップも楽しめたが、彼が長い時間の即興の中で普段エズラ・コレクティヴで奏でているようなフレーズのテンポをがっつり落とし、その音色の角を落とし、全く異なる印象に変えて、演奏していたのは特に興味深かった。何を演奏するかではなく、どう演奏するかにナラの音楽の本質があることを示していたのではないかとも思った。シンセともドラムとも異なる、どこまでも人間的で不安定で生々しいサックスの弱音だからこその音色や響きが加わることによるテクスチャーのコントラストこそが必要だったように感じた。

今回、初めて生でナラ・シネフロのライブを観て、特に感銘を受けたのは、ナラ・シネフロのプロデューサーとしての資質だった。ナラ・シネフロのサイケデリックなモジュラー・シンセとドウェイン・キルヴィントンのファンキーなベースラインさえも奏でるシンセ、ナシェット・ワキリのスウィンギーで軽やかなドラム、ジェームス・モリソンの生々しいサックス、個々の演奏だけを取り出すとそれぞれが異なる文脈にあるものに思えるが、ナラ・シネフロの音楽の中に入れてしまえば必然性のあるものとして、まるで同じ文脈の中にあるもののようにさえ聴こえてしまう。そして、それらはここの個性的な演奏ではなく、ナラ・シネフロの音楽のパーツとして、最初からそこにあるべきだったものとして聴かせてしまう。これまでナラの音楽には完成度や統一感を聴いていた。でも、よく考えれば、普段はナラの音楽とは異なる音楽をやっていて、必ずしも合いそうなわけでもないミュージシャンを集めたにもかかわらず、そんなことを全く感じさせない不思議さがあった。今回のライブの場ではそのぼんやりと感じていた不思議さの正体にようやくはっきりと気付けたかもしれない。ナラ・シネフロという場が持つ特殊な磁場みたいなものに気づいた今、もっとライブを観てみたいという思いはさらに強くなった。

Text by 柳樂光隆(JTNC)

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