Photo by Ishida Masataka
勝手ながら個人的な話から始めてしまうと、今年の夏はこれまでで最もダブをよく聴いた。抽象的になって申し訳ないのだが、大まかに言えば、ダブと呼ばれる音楽に哀しみを見出していたからだと思う。もっと言えば、暮らしに張り付いた哀しみ。例えば、戦争で子どもたちが殺されていく様や母親を失った子どもが彷徨う様をSNSで見ること、大規模な商業施設に飲み込まれた個人経営の街の洋食屋を思い出すこと、気遣いのない言葉で誰かを傷つけてしまったかもしれないと振り返ること......。そういった大小さまざまな哀しみが、ダブの音に、その残響の中に、積み重なっているような気がしているのだ。辛気臭い聴き方と言われかねないけれど、つまり、ダブは今夏の自分にとって哀しみに向き合うことを促してくれる音楽だった。
さて、少々強引に本稿の主題に引き寄せると、UKダブ・サウンドの代名詞的存在であるエイドリアン・シャーウッドによる『DUB SESSIONS 2024』はそんな自分の夏の締めくくるに相応しいタイミングで開催されたわけだ。それもホレス・アンディとクリエイション・レベルというレジェンドたちを引き連れての開催である。東京公演はもちろんソールドアウト。まず注目すべきは入場を待つ列の年齢層の広さだ。老若男女、みな期待に胸を膨らませており、会場となったSpotify O-EASTに入る前からダブ/レゲエの分厚い歴史を感じた気分だ。
フロアにたどり着くとすでにオープニングDJであるaudio activeのフロントマン、MASAmidaがレーベル〈On-U Sound〉音源縛りのDJセットで会場全体にダブ・サウンドを充満させている。それをMASAmida自身も全身で浴びながらプレイしており、その姿は荘厳さすら感じるほどだ。MASAmidaは開場から約1時間、口に含んだよく冷えたハイネケンとは裏腹に、歴史的な一夜の開幕にふさわしいDJでフロアをぐんぐんあたためていった。
そしてパンパンのフロアでクリエイション・レベルのライヴがスタート。クルーシャル・トニー(g)、チャーリー・エスキモ・フォックス(ds)、ランキン・マグー(perc)の初期メンバー3名に、ケントン・フィッシュ・ブラウン(b)、サイラス・リチャード(keys)を加えた5人編成を基本に、トランペットの市原 "icchie" 大資、サックスの橋本“KIDS”剛秀、トロンボーンのUMEKENからなるホーンセクションが要所で絡む形だ。さらにライブ・ダブ・ミックスはエイドリアン・シャーウッド。
前半ではトニーが「スペースシップ!」と何度か叫んだ通り、UFOやロケットの映し出されるVJとまさに宇宙を思わせるダブ・サウンドで『Starship Africa』(1980年)に代表される初期のモードを現在に蘇らせてみせ、祝祭的かつ呪術的なダブ「Stonebridge Warrior」などをプレイした中盤以降は約40年ぶりの作品となった『Hostile Environment』(2023年)のモードだっただろう。クリエイション・レベルがいかにタイムレスで、いかに今を生きるバンドであるのかが、これでもかと伝わってくる。マグーがヴォーカルをとった「Whatever It Takes」も、ラストのフォックスによるドラムのソロ・プレイ(ダブ・ミックス)での締めも実に見事だった。
さらに転換を経てエイドリアン・シャーウッドのDJへ。重厚なダブ・サウンドがまたしてもフロアに充満する。声ネタや効果音を割り振ったパッドをスティックで叩きながらのプレイもお手の物。もはや日本でのお決まりとなった「スーダラ節」のリミックス(この日の深夜もプレイしていた)でも観客を喜ばせてみせた。途中下手側のスピーカーから音が出なくなり、彼なら意図的にそういったことをやりかねないとクラウドは戸惑いつつ踊っていたが、どうやら単純なケーブルの接触不良でエイドリアンがフロアに手を合わせて謝罪するという微笑ましい一幕も。
いよいよ、今回の『DUB SESSIONS 2024』の主役と言っても過言ではない偉大なレゲエ・シンガー、ホレス・アンディの登場だ。バンド=クリエイション・レベル(ここでももちろんライブ・ミックスはエイドリアン・シャーウッドが担当)が「This Must Be Hell」の演奏をスタートすると、ステージ下手からラスタカラーの帽子を被り小躍りしながらホレス・アンディが現れる。年齢にして今年73歳を迎えた彼の姿だけを見れば、たしかに年相応と言えるかもしれないが、歌声は決して衰えていない。いや、むしろ音源よりも深みやパワフルさが増していると言っていいほどだ。「Money Money」「Mr. Bassie」「Skylarking」「Cuss Cuss」など、名曲の数々を惜しみなくプレイ。クリエイション・レベルの演奏もタイトで素晴らしい。いわゆる“コマゲン”で会場を煽ることも忘れず、終盤では音量を抑えるようバンドに呼びかけ(いわゆる“ティケドン”)、ホーンセクション含めたメンバーそれぞれにソロの時間を与えたりと、全体のグルーヴやムードを操っているアンディの姿も印象的だった。とりわけクリエイション・レベルのバンド・メンバーを紹介する際にアンディは「Living legend!!」と付け加えていたが、心の中で「一番のリヴィング・レジェンドはあんただよ!」とツッコミを入れていたのはきっと私だけではないはず。
約1時間半のステージを、グルーヴを途絶えさせることなく駆け抜けたホレス・アンディに降り注いだ拍手はこの日でもっとも大きかっただろう。何より、嬉しそうに踊る彼の姿を見ながら、地の底から湧き出るように深いところから会場全体へ伸びていくその声を聴いていると、ダブ/レゲエの中に流れている歴史、そこにあるたくさんの哀しみとたくさんの喜びを感じることができた。きっとダブは哀しみだけでなく、重なり合った喜びにも向き合うことを促してくれる。当然のことかもしれないが、個人的にはそんな確信を持つことができた一夜でもあった。
蛇足にはなってしまうかもしれないが、この日の深夜、同会場で行われたエイドリアン・シャーウッドらと支え合い日本と海外のインディー・シーンを繋いできたレーベル〈BEATINK〉の30周年を祝うパーティー「BEATINK 30TH ANNIVERSARY」で最後に流れた曲はaudio activeの「Kind of Green」。ここにもまた、悲喜交交を重ねた歴史がある。
text by 高久大輝
Photo by Ishida Masataka
勝手ながら個人的な話から始めてしまうと、今年の夏はこれまでで最もダブをよく聴いた。抽象的になって申し訳ないのだが、大まかに言えば、ダブと呼ばれる音楽に哀しみを見出していたからだと思う。もっと言えば、暮らしに張り付いた哀しみ。例えば、戦争で子どもたちが殺されていく様や母親を失った子どもが彷徨う様をSNSで見ること、大規模な商業施設に飲み込まれた個人経営の街の洋食屋を思い出すこと、気遣いのない言葉で誰かを傷つけてしまったかもしれないと振り返ること......。そういった大小さまざまな哀しみが、ダブの音に、その残響の中に、積み重なっているような気がしているのだ。辛気臭い聴き方と言われかねないけれど、つまり、ダブは今夏の自分にとって哀しみに向き合うことを促してくれる音楽だった。さて、少々強引に本稿の主題に引き寄せると、UKダブ・サウンドの代名詞的存在であるエイドリアン・シャーウッドによる『DUB SESSIONS 2024』はそんな自分の夏の締めくくるに相応しいタイミングで開催されたわけだ。それもホレス・アンディとクリエイション・レベルというレジェンドたちを引き連れての開催である。東京公演はもちろんソールドアウト。まず注目すべきは入場を待つ列の年齢層の広さだ。老若男女、みな期待に胸を膨らませており、会場となったSpotify O-EASTに入る前からダブ/レゲエの分厚い歴史を感じた気分だ。
フロアにたどり着くとすでにオープニングDJであるaudio activeのフロントマン、MASAmidaがレーベル〈On-U Sound〉音源縛りのDJセットで会場全体にダブ・サウンドを充満させている。それをMASAmida自身も全身で浴びながらプレイしており、その姿は荘厳さすら感じるほどだ。MASAmidaは開場から約1時間、口に含んだよく冷えたハイネケンとは裏腹に、歴史的な一夜の開幕にふさわしいDJでフロアをぐんぐんあたためていった。
そしてパンパンのフロアでクリエイション・レベルのライヴがスタート。クルーシャル・トニー(g)、チャーリー・エスキモ・フォックス(ds)、ランキン・マグー(perc)の初期メンバー3名に、ケントン・フィッシュ・ブラウン(b)、サイラス・リチャード(keys)を加えた5人編成を基本に、トランペットの市原 "icchie" 大資、サックスの橋本“KIDS”剛秀、トロンボーンのUMEKENからなるホーンセクションが要所で絡む形だ。さらにライブ・ダブ・ミックスはエイドリアン・シャーウッド。
前半ではトニーが「スペースシップ!」と何度か叫んだ通り、UFOやロケットの映し出されるVJとまさに宇宙を思わせるダブ・サウンドで『Starship Africa』(1980年)に代表される初期のモードを現在に蘇らせてみせ、祝祭的かつ呪術的なダブ「Stonebridge Warrior」などをプレイした中盤以降は約40年ぶりの作品となった『Hostile Environment』(2023年)のモードだっただろう。クリエイション・レベルがいかにタイムレスで、いかに今を生きるバンドであるのかが、これでもかと伝わってくる。マグーがヴォーカルをとった「Whatever It Takes」も、ラストのフォックスによるドラムのソロ・プレイ(ダブ・ミックス)での締めも実に見事だった。
さらに転換を経てエイドリアン・シャーウッドのDJへ。重厚なダブ・サウンドがまたしてもフロアに充満する。声ネタや効果音を割り振ったパッドをスティックで叩きながらのプレイもお手の物。もはや日本でのお決まりとなった「スーダラ節」のリミックス(この日の深夜もプレイしていた)でも観客を喜ばせてみせた。途中下手側のスピーカーから音が出なくなり、彼なら意図的にそういったことをやりかねないとクラウドは戸惑いつつ踊っていたが、どうやら単純なケーブルの接触不良でエイドリアンがフロアに手を合わせて謝罪するという微笑ましい一幕も。
いよいよ、今回の『DUB SESSIONS 2024』の主役と言っても過言ではない偉大なレゲエ・シンガー、ホレス・アンディの登場だ。バンド=クリエイション・レベル(ここでももちろんライブ・ミックスはエイドリアン・シャーウッドが担当)が「This Must Be Hell」の演奏をスタートすると、ステージ下手からラスタカラーの帽子を被り小躍りしながらホレス・アンディが現れる。年齢にして今年73歳を迎えた彼の姿だけを見れば、たしかに年相応と言えるかもしれないが、歌声は決して衰えていない。いや、むしろ音源よりも深みやパワフルさが増していると言っていいほどだ。「Money Money」「Mr. Bassie」「Skylarking」「Cuss Cuss」など、名曲の数々を惜しみなくプレイ。クリエイション・レベルの演奏もタイトで素晴らしい。いわゆる“コマゲン”で会場を煽ることも忘れず、終盤では音量を抑えるようバンドに呼びかけ(いわゆる“ティケドン”)、ホーンセクション含めたメンバーそれぞれにソロの時間を与えたりと、全体のグルーヴやムードを操っているアンディの姿も印象的だった。とりわけクリエイション・レベルのバンド・メンバーを紹介する際にアンディは「Living legend!!」と付け加えていたが、心の中で「一番のリヴィング・レジェンドはあんただよ!」とツッコミを入れていたのはきっと私だけではないはず。
約1時間半のステージを、グルーヴを途絶えさせることなく駆け抜けたホレス・アンディに降り注いだ拍手はこの日でもっとも大きかっただろう。何より、嬉しそうに踊る彼の姿を見ながら、地の底から湧き出るように深いところから会場全体へ伸びていくその声を聴いていると、ダブ/レゲエの中に流れている歴史、そこにあるたくさんの哀しみとたくさんの喜びを感じることができた。きっとダブは哀しみだけでなく、重なり合った喜びにも向き合うことを促してくれる。当然のことかもしれないが、個人的にはそんな確信を持つことができた一夜でもあった。
蛇足にはなってしまうかもしれないが、この日の深夜、同会場で行われたエイドリアン・シャーウッドらと支え合い日本と海外のインディー・シーンを繋いできたレーベル〈BEATINK〉の30周年を祝うパーティー「BEATINK 30TH ANNIVERSARY」で最後に流れた曲はaudio activeの「Kind of Green」。ここにもまた、悲喜交交を重ねた歴史がある。
text by 高久大輝