Photo by Kazma Kobayashi
Bruno Major 2023/8/7 @WWWX
リリースされたばかりのサード・アルバム『Colombo』を携えて11月のロンドンまで続くワールドツアー「Tour Of Planet Earth」初日。2020年の来日ツアーおよび出演が予定されていたフジロックが中止となり、まさに超待望となる日本公演、開演前のWWW Xのフロアにはエルトン・ジョン、アンディ・シャウフ、ピンク・フロイドといった新作『Colombo』のインスピレーションになったと公言するアーティストたちの曲が流れ、いやがうえにも期待が高まる。
客電が落ちSEが流れるなかメンバーが登場すると、下手のキーボードの前に座ったメジャーが「We Were Never Really Friends」を歌い始める。ギターでのソングライティングが多かったというニューアルバムからは意外に思えた出だしだが、コーラスに差し掛かる間にセンターに移動し、ギターに持ち替え歌い続けるという演出に場内から大きな拍手が起こる。
彼の代表曲「Nothing」の共作者であるギター/コーラスのレイリー・ニコル、大学時代からの友人であるキーボードのピート・リー、活動初期よりバンドメンバーとして支えるドラムスのスリム・ゲイブリエル、そしてベースのヘンリー・ジョン・ガイを迎えた5人編成のバンド・スタイルを基本としながら、メジャーは楽曲によりエレキギター、アコースティック・ギター、キーボードをパーフェクトに駆使してマルチ・インストゥルメンタリストぶりを見せつける。
「元気ですか、東京!3年半振り、最初のライブです!」と興奮を隠しきれない様子のメジャーに、オーディエンスからも待っていました!と歓声が上がる。ファースト『A Song For Every Moon』収録の「Fair-Weather Friend」「Wouldn't Mean A Thing」に移ると、耳元で歌われているようなインティメイトなタッチを持つ彼の音楽にバンドのダイナミズムが加わり、さらに官能的に感じられる。
続いてスタンダード「Like Someone In Love」のカバーへ。ビング・クロスビーの歌唱で知られる曲を同じ“クルーナー”の彼によるグルーヴィーな現代ジャズ的アレンジメントを加えての解釈がなんともハマっている。
一転して生まれ故郷ロンドンを舞台にした「Regents Park」。オールドタイムな旋律とコーラスワークにフロアからため息が漏れる。「この瞬間をずっと待ち望んでいました」と3年半ぶりのステージを噛みしめるように客席に語りかけたあと、「The Most Beautiful Thing」。心地よいメロディが体を包み、リフレインで起こるシンガロングに喜びがこみ上げる。
新作のなかでもフォーキーな味わいの「Tell Her」を歌い終わると、メジャーはおもむろに「世界が終わったときのことを覚えてる?」とオーディエンスに語りかける。セカンド『To Let A Good Thing Die』はCOVID中にリリースされたのでツアーができなかったことを振り返り、ギャラリーに絵を展示する画家の気分だと、緊張と安堵の入り混じったような感情を率直に吐露する。言ってみれば今日からスタートするこのツアーは、彼の楽曲たちが作品として壁に掛けられるまでの過程に立ち会う、ということなのかもしれないと考えると感慨もひとしおだ。
中盤は、ニューアルバムから亡くなった幼馴染を歌った「18」、「インスタグラムでこの曲をセットリストに入れてくれたらと書いてくれた誰かのために」という紹介のあと「Home」、ピアノによるイントロから荘厳なアレンジメントに変化していく「Strange Kind Of Beautiful」、インディー・フォーク的な「Just The Same」と〈ストリップド・ダウン〉と形容されることの多い彼の研ぎ澄まされた音楽性を実感できる流れだった。
その一方で、渋谷のタワーレコードで自分自身のレコードを買ったというエピソードで会場を和ませると、新作のなかでもフェイバリットであるという「Trajectories」からインストゥルメンタル「St. Mary's Terrace」。空調の音が聞こえるほど静まり返った会場内に美しい声が響き渡る。
普遍的な曲の力を信じ、日常の喜怒哀楽をすくいあげ、心の深い部分を揺さぶる彼の歌の真骨頂「Nothing」では、わざわざいちど演奏を止め、〈Who needs stars? 〉というヴァースに合わせて「携帯で星を作ってゆっくりと揺らしてくれないか、僕はその下で歌うよ」と協力を依頼し、オーディエンスのスマホの灯りの元で演奏するという、なんともロマンティックな演出を提案。待ち望んだファンと作り上げたこの空間こそが、何億回のストリーミングやヴァイラルヒットよりも、メジャーが喜びを実感できた瞬間だったに違いない。
ニューアルバムのタイトル曲「Columbo」では、これまでの彼の楽曲にあった密室感とは異なる開放感が確かにライブ・バージョンでも再現されていたし、今作で最も古いナンバーであり、先にミュージシャンとして大成した弟へ向けた「High Road」では、冬の引きしまった空気のような凛としたムードからスリム・ゲイブリエルのダイナミックなソロパートへのダイナミックな変化にフロアが湧く。本編最後にはアルバムのオープニングを飾る「The Show Must Go On」を披露、ベッドルーム・シンガーソングライターというイメージからの飛躍を感じさせる、志向ツアーの船出にふさわしい幕切れとなった。
鳴り止まないアンコールの声に応えほどなくしてステージに再び登場した彼は、セットリストに入っていなかった「I'll Sleep When I'm Older」を聞きたいというファンのために「きみのフェイバリットなの?僕も大好きな曲だよ」と特別に出だしを演奏。ジョークを交え観客に語りかけることを忘れない、ジェントルなキャラクターを随所に覗かせた。その後披露された「Easily」では、当然のごとくフロア全体にシンガロングが広がる。極限までに削ぎ落とされた結晶のような歌に。
アンコールの最後は、アルバムと同じくインストゥルメンタル「The End」。クイーンを思わせる大仰なまでのギター・ソロを持つインストゥルメンタルだけれど、セットを通じて彼の豪快なギター・ソロを堪能できたのもライブならではの楽しみであったことも付け加えておきたい。あらためてオーディエンスに感謝を伝え、ステージを去るメンバーに、フロアからの拍手と歓声が重なり、ドラマティックなエンディングとなった。
音楽以外のものはいらない、とばかりに求道的な姿勢を保ちながら、それをビタースウィートかつロマンティシズムに溢れたソングライティングで、驚くほど軽やかに届ける。そんなブルーノ・メジャーの新章に立ち会えたことを喜びたい、とても幸福な時間だった。
Text by 駒井憲嗣
Bruno Major 2023/8/7 @WWWX
リリースされたばかりのサード・アルバム『Colombo』を携えて11月のロンドンまで続くワールドツアー「Tour Of Planet Earth」初日。2020年の来日ツアーおよび出演が予定されていたフジロックが中止となり、まさに超待望となる日本公演、開演前のWWW Xのフロアにはエルトン・ジョン、アンディ・シャウフ、ピンク・フロイドといった新作『Colombo』のインスピレーションになったと公言するアーティストたちの曲が流れ、いやがうえにも期待が高まる。
客電が落ちSEが流れるなかメンバーが登場すると、下手のキーボードの前に座ったメジャーが「We Were Never Really Friends」を歌い始める。ギターでのソングライティングが多かったというニューアルバムからは意外に思えた出だしだが、コーラスに差し掛かる間にセンターに移動し、ギターに持ち替え歌い続けるという演出に場内から大きな拍手が起こる。
彼の代表曲「Nothing」の共作者であるギター/コーラスのレイリー・ニコル、大学時代からの友人であるキーボードのピート・リー、活動初期よりバンドメンバーとして支えるドラムスのスリム・ゲイブリエル、そしてベースのヘンリー・ジョン・ガイを迎えた5人編成のバンド・スタイルを基本としながら、メジャーは楽曲によりエレキギター、アコースティック・ギター、キーボードをパーフェクトに駆使してマルチ・インストゥルメンタリストぶりを見せつける。
「元気ですか、東京!3年半振り、最初のライブです!」と興奮を隠しきれない様子のメジャーに、オーディエンスからも待っていました!と歓声が上がる。ファースト『A Song For Every Moon』収録の「Fair-Weather Friend」「Wouldn't Mean A Thing」に移ると、耳元で歌われているようなインティメイトなタッチを持つ彼の音楽にバンドのダイナミズムが加わり、さらに官能的に感じられる。
続いてスタンダード「Like Someone In Love」のカバーへ。ビング・クロスビーの歌唱で知られる曲を同じ“クルーナー”の彼によるグルーヴィーな現代ジャズ的アレンジメントを加えての解釈がなんともハマっている。
一転して生まれ故郷ロンドンを舞台にした「Regents Park」。オールドタイムな旋律とコーラスワークにフロアからため息が漏れる。「この瞬間をずっと待ち望んでいました」と3年半ぶりのステージを噛みしめるように客席に語りかけたあと、「The Most Beautiful Thing」。心地よいメロディが体を包み、リフレインで起こるシンガロングに喜びがこみ上げる。
新作のなかでもフォーキーな味わいの「Tell Her」を歌い終わると、メジャーはおもむろに「世界が終わったときのことを覚えてる?」とオーディエンスに語りかける。セカンド『To Let A Good Thing Die』はCOVID中にリリースされたのでツアーができなかったことを振り返り、ギャラリーに絵を展示する画家の気分だと、緊張と安堵の入り混じったような感情を率直に吐露する。言ってみれば今日からスタートするこのツアーは、彼の楽曲たちが作品として壁に掛けられるまでの過程に立ち会う、ということなのかもしれないと考えると感慨もひとしおだ。
中盤は、ニューアルバムから亡くなった幼馴染を歌った「18」、「インスタグラムでこの曲をセットリストに入れてくれたらと書いてくれた誰かのために」という紹介のあと「Home」、ピアノによるイントロから荘厳なアレンジメントに変化していく「Strange Kind Of Beautiful」、インディー・フォーク的な「Just The Same」と〈ストリップド・ダウン〉と形容されることの多い彼の研ぎ澄まされた音楽性を実感できる流れだった。
その一方で、渋谷のタワーレコードで自分自身のレコードを買ったというエピソードで会場を和ませると、新作のなかでもフェイバリットであるという「Trajectories」からインストゥルメンタル「St. Mary's Terrace」。空調の音が聞こえるほど静まり返った会場内に美しい声が響き渡る。
普遍的な曲の力を信じ、日常の喜怒哀楽をすくいあげ、心の深い部分を揺さぶる彼の歌の真骨頂「Nothing」では、わざわざいちど演奏を止め、〈Who needs stars? 〉というヴァースに合わせて「携帯で星を作ってゆっくりと揺らしてくれないか、僕はその下で歌うよ」と協力を依頼し、オーディエンスのスマホの灯りの元で演奏するという、なんともロマンティックな演出を提案。待ち望んだファンと作り上げたこの空間こそが、何億回のストリーミングやヴァイラルヒットよりも、メジャーが喜びを実感できた瞬間だったに違いない。
ニューアルバムのタイトル曲「Columbo」では、これまでの彼の楽曲にあった密室感とは異なる開放感が確かにライブ・バージョンでも再現されていたし、今作で最も古いナンバーであり、先にミュージシャンとして大成した弟へ向けた「High Road」では、冬の引きしまった空気のような凛としたムードからスリム・ゲイブリエルのダイナミックなソロパートへのダイナミックな変化にフロアが湧く。本編最後にはアルバムのオープニングを飾る「The Show Must Go On」を披露、ベッドルーム・シンガーソングライターというイメージからの飛躍を感じさせる、志向ツアーの船出にふさわしい幕切れとなった。
鳴り止まないアンコールの声に応えほどなくしてステージに再び登場した彼は、セットリストに入っていなかった「I'll Sleep When I'm Older」を聞きたいというファンのために「きみのフェイバリットなの?僕も大好きな曲だよ」と特別に出だしを演奏。ジョークを交え観客に語りかけることを忘れない、ジェントルなキャラクターを随所に覗かせた。その後披露された「Easily」では、当然のごとくフロア全体にシンガロングが広がる。極限までに削ぎ落とされた結晶のような歌に。
アンコールの最後は、アルバムと同じくインストゥルメンタル「The End」。クイーンを思わせる大仰なまでのギター・ソロを持つインストゥルメンタルだけれど、セットを通じて彼の豪快なギター・ソロを堪能できたのもライブならではの楽しみであったことも付け加えておきたい。あらためてオーディエンスに感謝を伝え、ステージを去るメンバーに、フロアからの拍手と歓声が重なり、ドラマティックなエンディングとなった。
音楽以外のものはいらない、とばかりに求道的な姿勢を保ちながら、それをビタースウィートかつロマンティシズムに溢れたソングライティングで、驚くほど軽やかに届ける。そんなブルーノ・メジャーの新章に立ち会えたことを喜びたい、とても幸福な時間だった。
Text by 駒井憲嗣