Pattern+Grid World
Flying Lotus
RELEASE: 2010.09.11
超大作『コズモグランマ』から続くストーリー、そして新たな章の始まり。
純粋に「楽しむこと」を求め、前進し続けるために無邪気にビートと戯れる。
フライング・ロータスの「現在」を綴った音楽ドキュメントが到着!
『パターン+グリッド・ワールド』は、茶目っ気のある作品集である。世界中のすべての批評家が賛辞を送ったのではないかと思われる『コズモグランマ』という金字塔ーー周知のようにそれは、母の死を経験し、それを契機に彼の祖母であるアリス・コルトレーンがかつて表現していた精神的な宇宙に接近した、なんともスケールの大きな作品であるーーを発表してからわずか数ヶ月後に新作がリリースされること自体が驚きだが、『パターン+グリッド・ワールド』が『コズモグランマ』とはまったく違う方向性を打ち出していることはさらに興味深い事実である。他に喩えるなら……、まあ、かなり極端に喩えるが、『コズモグランマ』が“ハイテック・ジャズ”(UR)だとしたら、『パターン+グリッド・ワールド』は“ウィンドーリッカー”(エイフェックス・ツイン)である。ロサンジェルスに暮らす、2010年もっとも目覚ましい活躍をしたエレクトロニック・ミュージックの旗手は楽しんでいる。シリアスな『コズモグランマ』では微塵も見せなかったユーモラスでポップなセンスを思う存分に展開しているのだ。
とはいえ、1曲目“クレイ”は『コズモグランマ』からの続きをほのめかしている。華麗なコズミック・サウンドであり、話は宇宙から繋がっているようだ。しかし2曲目“キル・ユア・コーワーカーズ”がはじまるとシーンは一変する。ロービット・サウンドによるスラップスティックな展開で、リスナーは愉快なコミックブックのなかに入っていく。3曲目の“パイフェイス”はアシッディでシュールな展開だが、聴いていると自然に微笑みが浮かんでくる。ところが、音楽の背景に奇妙なヴォイス・ノイズが鳴っている4曲目“タイム・ヴァンパイアズ”になると笑ってばかりはいられない。リスナーはどこか知らない別の世界の迷子にさせれてしまうのだ。このスリリングな体験は、5曲目の“ジュラシック・ノーション/M・セオリー”でさらに深まっていく。今度は原始時代にタイムスリップしたような錯覚に陥り、しかもその後半ではまったく別の曲に変化していることに気がつく始末だ。6曲目の“キャメラ・デイ”は親しみやすいテクノ・ポップだ。彼らしいコズミックな響きを有しながら、クラウトロックの巨匠、クラスターの悪戯心を思い出させる。そして最後の“フィジックス・フォー・エヴリワン!”は素晴らしいパーティ・チューンである。このささやかな別世界旅行からの帰還に祝福を与えているようだ。
「『パターン+グリッド・ワールド』っていうのは、実は……僕が去年に経験した、ヴィジョン・クエスト(ヴィジョンを得るための感覚的な追求)をちょっと馬鹿げた感じで説明する言葉なんだよ」と彼は『SNOOZER』誌の取材に答えている。「そう、僕は別次元へ導かれて、それを垣間見た。つまり、『パターン+グリッド・ワールド』っていうのは、イージーな抜け穴ってこと(笑)」
『パターン+グリッド・ワールド』は、フライング・ロータスの肩の力の抜けた楽しい作品である。ちょっとした魔法のような音楽だが、それはたいへん茶目っ気のある愛らしい魔法である。
野田 努(ele-king)