Black Counrty, New Road @Village Underground, London
2024/04/15
新作『Forever Howlong』のリリースに伴うショーケース・ギグに足を運んだ。会場は東ロンドンのVillage Underground。収容人数わずか700人という親密な空間でのライブは、今年秋に行われる大規模なUKツアーのロンドン公演がキャパ3900人のブリクストン・アカデミーということを鑑みても、いかに今回の観客が特別な機会に立ち会えたかを物語っている。
マドンナの「Like A Prayer」が会場に響き渡る中、メンバー登場。決して広いとは言えないステージの、前列左からジョージア、タイラー、メイ、そして後列にルーク、チャーリー、ルイスが並ぶ。この配列は今回のアルバムのコンセプトをヴィジュアル化しているようにも思える。というのも、今作はジョージア、タイラー、メイの3人がヴォーカルを担っているからだ。
6人がそれぞれポジションに着くと、アルバムと同様「Besties」でライブはスタート。グロリアスなチェンバロの序曲が軽やかに場内に響き渡り、ジョージアのクラシックでソフトなヴォーカルが、オーディエンスを優しく包みこむ。彼女の歌声は、曲全体の重層的なアンサンブルと距離を保ち、瑞々しくクリアな印象を与える。続く「The Big Spin」では、メイがキーボードを奏でながらヴォーカルを務める。バロック風の不協和音が漂う中、跳ねるようなリズムに乗せて軽やかに歌う彼女の声は、遊び心と緊張感を絶妙なバランスで共存させている。3曲目「Salem Sisters」では、タイラーがヴォーカルを務める。彼女の歌声は、伸びやかに空間を満たしながら、ときに繊細なヴィブラートで揺れ、ときに感情の波に押されるように裏返る。その表情豊かな声は、柔らかくも鮮烈だ。
今回のライブでは、中心に明確な主人公を据えていない。以前タイラーがインタビューで話していたように、BC,NRは一人だけがスポットライトを浴びることを避けた。3人のヴォーカルは、それぞれ異なる美学や語彙、個人的な体験、そして揺れ動く感情を楽曲に持ち込む。「Mary」では、まるで語りかけるように優しく紡がれるメロディと、色彩に満ちた3人のハーモニーが交差し、美しくも儚い旋律がこの曲を高みへと導いていく。そして、ルイスによるフルートの繊細な音色が響き、曲にそっと幕を下ろす。
ここで忘れてはならないのは、ジョージア、タイラー、メイを、しなやかに支えるルーク、チャーリー、そしてルイスの確かな存在だ。「Two Horses」は、チャーリーが静かにバンジョー・ギターを奏でることで、ジョージアの透明感のある歌声がいっそう際立つが、後半はドラムに移り、まるで馬が駆け抜けるようなハイハットの連続音とルイスの力強いサックスで、アップテンポかつ疾走感のあるプログレッションが爽快だ。また、タイラーとルークのツイン・アコースティック・ギターで幕を開ける「Nancy Tries to Take the Night」では、タイラーの感情のこもったヴォーカルに、ルイスの哀愁を帯びたサックスが寄り添い、歌詞のひとつひとつに深みと陰影を与えていく。そして特筆すべきは、「Forever Howlong」だろう。メイを除く、メンバー全員によるリコーダー演奏が美しいこの曲は、ヴォーカルを担うメイが、アコーディオンとピアノのリードで全員を取りまとめる厳かなコンダクターを兼任する。まるで教室に集まった生徒たちのように、起立してメイのカイロノミーを凝視するメンバー。その姿は、バンドというよりも”ベスト・フレンド”という集合体に近い。この6人はそれぞれの驚異的な多才さを共に享受し、特定の重心を置かずして、メンバー一人ひとりが互いの創造的なアイデアを発展させていく。「マキシマリスト的な何かを作りたかった」とチャーリーは語ったが、この濃密で多彩なアルバムに収められた楽曲のすべてが、それぞれ異なる表情と個性を宿している。そのため、ファンのお気に入りが見事に分かれているのも頷けるし、今回のライブを通じて、その理由がはっきりと体感できたように思う。それは、メンバー全員がマルチ・インストルメンタリストであるという事実にとどまらず、彼らがステージ上でリアルタイムに自らのあり方を更新し続けている、その瞬間に立ち会っているからかもしれない。だからこそ、このアルバムにはノスタルジーの影はなく、「新生」という言葉さえも追いつかないほどの、静かな革新性が宿っているように感じられるのだ。
今回のショーケースは、新アルバムを全曲披露する場であると同時に、彼らのパフォーマンスそのものがひとつの芸術表現となっていた。振り付けられた所作や演出されたやり取りは一切なく、むしろ曲間の調律や微細な音の確認までもが自然とステージの一部として溶け込んでいた。その佇まいは、もはやバンドという枠を超え、まるで室内楽のアンサンブルを目の前で鑑賞しているような静謐な美しさに満ちていた。メンバー同士が静かに視線を交わし、互いに小さく微笑む。そこにはお互いの絶大なる信頼と感謝、そして自信が満ち溢れているようにも感じた。
ラストはアルバムと同じく、「Goodbye (Don't Tell Me)」の美しいハーモニーで静かに幕を閉じ、『Forever Howlong』収録の全11曲を披露するショーケースは、約60分、アンコールなしで終了した。
リリースからわずか10日というタイミングにもかかわらず、会場は熱心なファンによるあたたかな空気に包まれていた。BC,NRは過去に寄りかかることなく、事実上ゼロからの出発を選んだバンドであり、彼らの新たな旅路に立ち会い、共に歩むことができることを、心から嬉しく思う。
会場内にPilotの「Magic」が流れる中、ファンにサインをするためチャーリーが現れた。彼の柔らかな笑顔に、観客は一斉に温かい拍手を送る。アンコールはなくとも、誰もが満たされた表情だった。誠実さと職人技、そして生きた音楽がもたらす静かなスリル。『Forever Howlong』は、耳ではなく心に残る--その確信を抱きながら、観客はそれぞれの「永遠」を胸に、会場を後にした。
Text by 近藤麻美
2024/04/15
新作『Forever Howlong』のリリースに伴うショーケース・ギグに足を運んだ。会場は東ロンドンのVillage Underground。収容人数わずか700人という親密な空間でのライブは、今年秋に行われる大規模なUKツアーのロンドン公演がキャパ3900人のブリクストン・アカデミーということを鑑みても、いかに今回の観客が特別な機会に立ち会えたかを物語っている。
マドンナの「Like A Prayer」が会場に響き渡る中、メンバー登場。決して広いとは言えないステージの、前列左からジョージア、タイラー、メイ、そして後列にルーク、チャーリー、ルイスが並ぶ。この配列は今回のアルバムのコンセプトをヴィジュアル化しているようにも思える。というのも、今作はジョージア、タイラー、メイの3人がヴォーカルを担っているからだ。
6人がそれぞれポジションに着くと、アルバムと同様「Besties」でライブはスタート。グロリアスなチェンバロの序曲が軽やかに場内に響き渡り、ジョージアのクラシックでソフトなヴォーカルが、オーディエンスを優しく包みこむ。彼女の歌声は、曲全体の重層的なアンサンブルと距離を保ち、瑞々しくクリアな印象を与える。続く「The Big Spin」では、メイがキーボードを奏でながらヴォーカルを務める。バロック風の不協和音が漂う中、跳ねるようなリズムに乗せて軽やかに歌う彼女の声は、遊び心と緊張感を絶妙なバランスで共存させている。3曲目「Salem Sisters」では、タイラーがヴォーカルを務める。彼女の歌声は、伸びやかに空間を満たしながら、ときに繊細なヴィブラートで揺れ、ときに感情の波に押されるように裏返る。その表情豊かな声は、柔らかくも鮮烈だ。
今回のライブでは、中心に明確な主人公を据えていない。以前タイラーがインタビューで話していたように、BC,NRは一人だけがスポットライトを浴びることを避けた。3人のヴォーカルは、それぞれ異なる美学や語彙、個人的な体験、そして揺れ動く感情を楽曲に持ち込む。「Mary」では、まるで語りかけるように優しく紡がれるメロディと、色彩に満ちた3人のハーモニーが交差し、美しくも儚い旋律がこの曲を高みへと導いていく。そして、ルイスによるフルートの繊細な音色が響き、曲にそっと幕を下ろす。
ここで忘れてはならないのは、ジョージア、タイラー、メイを、しなやかに支えるルーク、チャーリー、そしてルイスの確かな存在だ。「Two Horses」は、チャーリーが静かにバンジョー・ギターを奏でることで、ジョージアの透明感のある歌声がいっそう際立つが、後半はドラムに移り、まるで馬が駆け抜けるようなハイハットの連続音とルイスの力強いサックスで、アップテンポかつ疾走感のあるプログレッションが爽快だ。また、タイラーとルークのツイン・アコースティック・ギターで幕を開ける「Nancy Tries to Take the Night」では、タイラーの感情のこもったヴォーカルに、ルイスの哀愁を帯びたサックスが寄り添い、歌詞のひとつひとつに深みと陰影を与えていく。そして特筆すべきは、「Forever Howlong」だろう。メイを除く、メンバー全員によるリコーダー演奏が美しいこの曲は、ヴォーカルを担うメイが、アコーディオンとピアノのリードで全員を取りまとめる厳かなコンダクターを兼任する。まるで教室に集まった生徒たちのように、起立してメイのカイロノミーを凝視するメンバー。その姿は、バンドというよりも”ベスト・フレンド”という集合体に近い。この6人はそれぞれの驚異的な多才さを共に享受し、特定の重心を置かずして、メンバー一人ひとりが互いの創造的なアイデアを発展させていく。「マキシマリスト的な何かを作りたかった」とチャーリーは語ったが、この濃密で多彩なアルバムに収められた楽曲のすべてが、それぞれ異なる表情と個性を宿している。そのため、ファンのお気に入りが見事に分かれているのも頷けるし、今回のライブを通じて、その理由がはっきりと体感できたように思う。それは、メンバー全員がマルチ・インストルメンタリストであるという事実にとどまらず、彼らがステージ上でリアルタイムに自らのあり方を更新し続けている、その瞬間に立ち会っているからかもしれない。だからこそ、このアルバムにはノスタルジーの影はなく、「新生」という言葉さえも追いつかないほどの、静かな革新性が宿っているように感じられるのだ。
今回のショーケースは、新アルバムを全曲披露する場であると同時に、彼らのパフォーマンスそのものがひとつの芸術表現となっていた。振り付けられた所作や演出されたやり取りは一切なく、むしろ曲間の調律や微細な音の確認までもが自然とステージの一部として溶け込んでいた。その佇まいは、もはやバンドという枠を超え、まるで室内楽のアンサンブルを目の前で鑑賞しているような静謐な美しさに満ちていた。メンバー同士が静かに視線を交わし、互いに小さく微笑む。そこにはお互いの絶大なる信頼と感謝、そして自信が満ち溢れているようにも感じた。
ラストはアルバムと同じく、「Goodbye (Don't Tell Me)」の美しいハーモニーで静かに幕を閉じ、『Forever Howlong』収録の全11曲を披露するショーケースは、約60分、アンコールなしで終了した。
リリースからわずか10日というタイミングにもかかわらず、会場は熱心なファンによるあたたかな空気に包まれていた。BC,NRは過去に寄りかかることなく、事実上ゼロからの出発を選んだバンドであり、彼らの新たな旅路に立ち会い、共に歩むことができることを、心から嬉しく思う。
会場内にPilotの「Magic」が流れる中、ファンにサインをするためチャーリーが現れた。彼の柔らかな笑顔に、観客は一斉に温かい拍手を送る。アンコールはなくとも、誰もが満たされた表情だった。誠実さと職人技、そして生きた音楽がもたらす静かなスリル。『Forever Howlong』は、耳ではなく心に残る--その確信を抱きながら、観客はそれぞれの「永遠」を胸に、会場を後にした。
Text by 近藤麻美